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2023.02.28 農場

ラフレモンの森で200 年の夢を見る

 

ここに、苗木を植えたばかりのレモンの山があります。

 

南からのやさしい風が吹き渡る爽やかな傾斜地で、陽の光をいっぱいに浴びて、気持ちよさそうに揺れています。小さいながらも、黄色いツヤツヤの実を結んでいるものもあります。

 

 

このレモンの苗を育てているのは下田幸男さん。東京都武蔵村山市で、在来種を主体に少量多種の種苗を生産する下田園芸を経営しています。

 

下田さんは幼い頃から、身近に自生する植物を採取して楽しむ少年でした。現在もちょっと一緒に里山を歩けば、いろいろな植物が下田さんのセンサーに引っかかってきます。下田園芸さんの
広大な敷地の中には何棟かの温室があり、その中には、バナナやパパイヤやパッションフルーツといった南国のイメージの果物がたわわに実っている姿に出会えます。ビニールハウスの天井を
突き破るほどのバナナの木を見た時には衝撃が走りました。

 

そして、こちらで様々な植物と並んで、レモンや柑橘の研究も熱心にされています。

 

 

下田さんから柑橘についてのお話を伺います。

 

柑橘はインドのヒマラヤ山麓が原産だと言われています。

 

ヨーロッパでは、インドから十字軍が持ち帰ったオレンジとレモンが広まり、フィリピンなど太平洋の島々は、台風などで川から海へ流れた文旦系の柑橘が島伝いに伝わりました。日本でポピュラーな温州みかんやゆず、金柑は、ヒマラヤを超えて中国へ入り、遣唐使を通して日本に伝わったそうです。

 

「柑橘が爆発的に変化したのは、インドに“ラフレモンの森”と呼ばれる柑橘だけの自然林があって、そこでいろんなものに分化していったの。人間がその時々で、そこから面白いものを採ったり、食べてみて「これは美味しいから自分で増やそう」と庭に種を撒いて、そうやって広がっていった。」そこから柑橘は世界中に分かれていきます。

 

「それらを1 ヶ所に集めた、インドと同じ様な現代の“ラフレモンの森” を改めてつくりたい。というのが私の計画なんです。」そうして、縁あって青梅の土地にレモンを植えることになりました。

 

 

「私は個人的に、柑橘を人類にとって大事な食料として見直しています。なんでか、っていうと柑橘って不思議な果物で、普通の果物には無いものを含んでる。最近の研究で、クリプトキサンチンとかノビレチンとか、それぞれが人間の体にとってわずかづつだけど必要なものが実は柑橘に含まれてるってことがわかってきた。」

 

ここで一つ、いつも必ずするという話を聞かせてくれました。

 

「和歌山県に北山村っていう、小さな過疎の村があって、そこに昔から大きな柑橘の木がありました。酸っぱい柚子みたいなんだけど、柚子より大型で、土地の人は「じゃばら」って呼んで、
お正月の前にそれを取ってきて絞って大根を〆たり、食べ物に使ってたのね。それをある時一人の村人が、これって他では見たことが無いし、ここにしかないものだからちょっと調べてみようって、研究機関で内容を分析してもらったの。そうしたら、世界の柑橘の中でもじゃばらにしかない、花粉症のヒスタミンを抑えてしまう受容体の役割をする成分があることがわかったの。そこで、その人は地元の人と協力して、3ha ぐらいの山の土地に、接木してじゃばらを植えました。そうしたら、それから20 年ぐらい経つんだけど、廃村寸前だった村が今は毎年人口がどんどん増えてる。なぜかっていうと、そのじゃばら一つで年間3 億円くらいの売上になる。日本中の花粉症に悩む人の症状を軽減する。それで、ジュースだったりジャムだったりお茶だったり、いろんなものに加工してインターネットで売ってるんです。」

 

 

「1 つの柑橘で時代にあったもの、これ100 年前だったら花粉症にはならないわけだから、たまたま、現代だからこそじゃばらが生きた。ということは、これから50 年、100 年あるいは200 年経った時にはまた別のものが必要になるかもしれない。世界中の柑橘の、今までわかってない、あるいは表に出ていない、遺伝子の中にはあるけれども表面的には出ていないものを引っ張り出すためには、世界中の柑橘を1 回集めて、そこから自然にいろんなものを発生させてやる、ていう壮大な計画です。」

 

 

下田さんは現代の“ラフレモンの森” で、自然交雑の結果、なにが出るかわからない、と楽しそうに話します。いつか日の目を見る、かもしれない品種を育て続けること。そのための遺伝子の
森を青梅につくること、下田さんの思いはふくらみます。「5,000 本の苗を植えて、見た目で一次選抜をした500 本を接木して、3 年目には実がなる。その後は、若い人、次の世代の人が、時代時代によってそこから増やしていけばいい。50 年、100 年、200 年先にはそこから役に立つものが絶対出てくる。」信じられない遺伝子の組み合わせで、経済に依らない、自然のものが生まれるかもしれません。こんなにも可能性に満ち満ちた夢を、200 年後の未来へ渡していけるなんて、なんだかワクワクしてきませんか?

 

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